ピアスをあける音

atamatansan2008-03-23

3月の終わりだってのにずいぶんと涼しい。
月が満ちているからか、部屋の外からはパトカーのサイレンや
盗難防止の警報音や謎の叫び声なんかが聞こえてくる。



珍しくのんびりとテレビをみている土曜の夜に。ふとある女性
のピアスが目に入る。

普通は気にしない。でも、その人のピアスは気になった。何故
か?
たぶん狭い耳の柔らかい部分のはじっこに難儀な感じで貫通し
てたからだろう。

(「ああ、似てるなー」)
ちょっとだけ思い出した。


僕はピアスがあまり好きではない。ピアスを空けたことがある
人は知っているだろう。針が肉を貫通するときに、針と肉がた
てる音がある。

あの音が嫌いなんだ。

僕は自分ではピアスはしない。自分には合わないから。でも、
他人のピアスは何度かあけたことがある。

何故かよく頼まれる。自分ではつけてないのに何故かよく。
「みんな上手そうだから」と言うが、別に僕は器用でもないし
、わざわざ体を傷つけるようなことに本当は手を貸したくない。
そう。本当は嫌いなんだ。







ある日、耳の小さな人に「ピアスを空けて」と頼まれた。僕は
「嫌だ」と言った。

だって僕はピアスが嫌いだから。あと僕の偏った持論だが、「
ピアスをあけるとき、その人の精神状態は落ち着いてるときじ
ゃない(ことが多いのではないか)」というのがある。特に根拠
はないが当たっていることが多い気がする。(勝手な思い込みだ
から気を悪くさせたら申し訳ない。でも、穴をあけるなんて自
傷行為をしたいだなんて落ち着いてると思えるかい?僕には思え
ない。それはちょっとした価値観の違い。)


その耳の小さな人は僕の大事な人で、僕はその人がそう言った
とき酷く不安になった。ちょうど耳の小さな人の様子が気にな
っていた頃だったから。


「あけて」という耳の小さな人と「嫌だ」と言い張る僕。


次の日。耳の小さな人は僕が帰るなり鞄から小さな箱を取り出
した。
「これ」
使いきりのヒアッサーが2つ。
「嫌だって言ったじゃん」
「お願い。ちょっとプスってしてくれればいいだけだから」
「嫌だよ。やったことないもん。怖いよ。他の人に頼みなよ」
僕は嘘をついた。やったことがないということも、本当は他の
人になんかして欲しくない。

「大丈夫だよ。器用だから。ね。お願い」

そう言って彼女はパッケージを空けてピアッサーを僕に渡す。
「はい。あたし氷取ってくる」

あけたら使わないといけない。バイ菌入ったらややこしい。
渡されたピアッサーは、どういうわけか、変にラブリーな動物
の顔面が印刷されていて、僕は「赤ずきんに出てくる狼みたい
だな」と思った。わざとらしく隠された針。貫通する為の針。
センスを疑った。

耳の小さな人は、耳に氷をあてながら戻ってきた。
僕は諦めた。

「わかったよ。こっちにおいで」
「ありがとう!」

ひどく嬉しそうな耳の小さな人と憂鬱な僕。
前にあけたのはいつだったかな。

その前に開けたのは大学の頃、そのとき開けた子は、しばらく
してオーバードーズで運ばれた。
「あの時も今回もピアスは関係ないはず」と言い聞かせた。
事実関係ないと思う。でも、多少なりとも耳の小さな人が不安
定な状態なのはわかってた。僕は言い訳した。「これでちょっ
とでも気分が落ち着くならいいかな」


耳を冷やしながら、耳の小さな人はよく喋った。緊張している
のかな?と思ったけれど僕はただ「うん」「うん」と聴いていた。


「もう大丈夫みたい」
「本当?」
小さな耳を触ると酷く冷たい。
「感覚ないや」
「横向いて」
「うん」

そのよく冷えた小さな耳は針を通しにくく、僕は何度も距離を
はかった。なかなか定まらない。照準。

「この辺かな。行くよ」
「うん」

曲がらないようまっすぐに針を突き刺す。針が皮膚にあたり、
くぼむ。先端は、あり地獄のようなものを耳に作りながら刺さ
っていく。血も出ない。
ゆっくりゆっくりと指す。時間が遅い気がする。
何度やっても慣れない嫌な感触が手を伝わる。

……

途中でやめたくなったが、ここまできたらもうやめるわけにも
いかない。
更に押し込んだ。

針に押されて耳たぶの裏が延びているのがわかる。ピザを指で
まわしているときになる、テントのようなあれ。

ズル…カチ!

ゆっくりとピアッサーを外す。
ガードするように埋まった透明のプラスチックの空洞を、仕事
を終えた針がゆっくりと抜けていく。(一瞬、次元の認識に困
惑し、空洞と針の距離感と関係性がわからなくなりそうだった
が、どうにかまっすぐはずせた)

「はい。オッケー」
「ありがと。左もやってもらっていい?」
「…今度にしたがよくない?」

なんだか気分がよくない。

「…うん。そうね。そうする。ありがと!久しぶりにピアスした
くってさ。かわいいのあったから買っちゃおっかなー」

(「なんで急に…?」)と聞こうとして僕は言葉を飲み込んだ。
聞けなかった。

彼女は棚から透明のケースを取りだし、昔使っていたというピ
アスを耳にあてながら鏡をみている。

「早く固定しないかなー」
嬉しそうに笑う。いつものはにかんだような笑顔。

「痛くない?」
「うん。全然痛くなかったよ。やっぱり上手だったね」
「ならよかった」
「ねぇ?アイス食べようよ。買ってきてくれたやつ」
「いいね」

耳の小さな人は嬉しそうに笑う。どんなピアスをつけようか。
嬉しそうに話す。
前に働いていたヒルズにあるジュエリーショップのカタログを
持ち出して。
「あれもいいな」「これもいいな」と。ときおり「何がいいと
思う?」と。
アイスを食べながら。嬉しそうに笑って話す。


僕は半分も聞いていなかった。
願わくは彼女の心が少しでも安らんでくれれば。
そればかり考え、確認するように彼女の笑顔を見つめていた。









テレビに目をやると、さっきまで騒いでいたピアスの人もいつ
の間にかいなくなっていた。

有名なんだろう。今度は野球の選手が何か話している。興味が
無いのでテレビを消して煙草に火をつけた。

外では相変わらずサイレンの音やら変な声やらが聞こえてくる。
ピアスをあけるときに鳴る、あの嫌な音を思い出す。

振り切るように煙をいっぱい肺に詰め込んで息を止める。

1秒…2秒…3秒…

煙を吐き出すとすこしだけ頭がしびれる。
ちょっと心地よくて、ソファーに横になったら、ちょうど月が
見えた。